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どうもあのミミズ腫れのように柱に残っていた砂の跡はシロアリが這った跡らしかった。
「蟻道」とか言ったりするらしい。連中は移動するのにわざわざ光に当たらないようにして、トンネルを作りながら遮るものを作りながら移動する。そういう蟻道は彼らの活動の模様をそのまま投影する。
よほど光に当たりたくないらしい。壊しても修復されるぐらいなのだとか。
だから見た時はシロアリの移動経路として考えるべきものだったらしい。それが通常のルートとして使用されるようになっているのであれば、それこそそこに毒餌をしかけるべきであったという。
いや、それは全然やってない。
こちらはまるで知らないまま衝動的に対応してしまうばかり。相手がシロアリだからとつい家屋のことを心配するだけだ。よく考えもしなかった。
シロアリの生態など考えもしない。蟻道など確認もしない。
愚かなり自分。
だから、出現すれば殺虫剤を撒いたというだけ。他によい薬剤があるという情報が入れば入ったで新しい薬剤へと、つい行き当たりばったりな対応になってしまった。
今は猛省している。
調べると、黒蟻というのはシロアリを好物としているという。
あの黒い小さいのが我が家のシロアリの天敵だったかどうかはわからないが、それはともかく、少なくとも黒蟻は家屋に被害は与えないということだ。
黒蟻が家にいるということはシロアリがいるということにつながるらしいが、黒蟻のエサになっている のでそれほどシロアリの食害は起きないという。
抑制されているので共存できるということなのだろうか。しかし一方でシロアリの役割というか効能があるかどうかはよくわからなかった。 まさか、湿気のこもりやすい場所を食害してスカスカに風通しよくしてくれるから、なんてこともないだろうし。
ああして、分家としてなるに大量に旅立つにしても、それは他の生物のエサになることがほとんどで、たいていは生き延びない。別な開拓を成し遂げる率はごくごくずかな率だという。
それはいいニュースだ。
そのような近隣の生態系にとって貴重なエサを駆逐してしまうという問題はあるだろうが、家の中にシロアリを飼っている直接のメリットはどうもないようだ。
少しは安心していいのだろうか。
ともかく、こと家の中では黒蟻はシロアリを餌にし、シロアリ被害の拡大を抑える効果があるようだった。シロアリの役割がわからなくても、黒蟻で抑制ができるというのなら放置しておいてよかったかも知れない。
その天敵の黒蟻を 一網打尽にしてしまったのは間違い ではなかったかと今では思う。
猛省というのはそのことだ。
人間というものは実に愚かな存在だ。
この世に君臨する王者のつもりでも、実はその存在はちっぽけなものにすぎない。
シロアリの世界も床下の環境バランスさえ、少しもわかっていない。
傲慢で、感情というものでよく揺れ動くが、環境の変化を感じることができない。
人間以外の互いのバランスというものがそもそもわかっていない。だから、逆に人間が地球環境を何とかできるなどとして騒ぐ。自分で壊しておいて。
ダンボールを片付け、敷物を敷くなど余計なことをしないで整理した風通しのよい部屋にしておけばよかっただけなのかも知れないのに。
考えてみれば、あのカエルといい、これまで何十年もこの家が無事だったことを考えれば、ある種のバランスが保たれていたことは確かだろう。
それを軽々に壊してしまってから混乱が続いたというオチなのではないかと思う。
シロアリの羽アリの大発生という現象はそんな結果なのではないか。
これはしまった。うかつだった。
つくづくそう思った。
もともとトカゲ、ヤモリはおろかクモさえも益虫として意識して殺さないようにはしていたが、家のアリもそうそう殺してはいけなかったののかも知れない。
そういうバランスを考えないでつい黒蟻さえ標的にしてしまい、それでシロアリの勢力が活発になったと。
そういうサイクルの歪みに今の我が家が置かれてしまったということなのかも知れない。
自然、といったら変だが、これまでのバランスの取れた状態に床下が戻るまでどれだけ時間がかかるかわからない。が、とにかく安定してくれることを祈るしかない。
できるだけ落ち着こう。
考えてみればシロアリも床が抜けないぐらいであれば問題ではない。こぼしたケーキに黒蟻が群がっていても問題はないではないか。
こうして考えると、シリアのアサド政権とISIL、トルコとクルド族の睨み合い、中東の勢力のつばぜり合いがどうなることかと連想される。
もっと大きなパワーバランスに思いを馳せるなら、今回のイラン核合意の米離脱もある。イスラエルのイランに対する警戒は米の核合意離脱となってサウジらを味方に引き入れたイラン包囲網となるのだろうが欧州からは距離が生まれる。だが同時にこれは北朝鮮の姿勢に影響を与えることにもつながるだろう。
抑止と拡散、敵対勢力の存在、我々はもっと深く考える必要があると世界情勢については知りながら、ことこんな床下縁の下のことには考えが回らない。小さな虫ごときとナメてかかっていたかも知れない。
安定こそがバランスにとって大事なこと と学ぶべきか。
シロアリと家。あのカエルはどこへいったろう。黒蟻はまた縁の下に戻ってきてくれるだろうか。
そんなどころではないぐらい輻輳した世界に我々は生きているのだった。ミサイル攻撃のガレキの下に埋もれた死体が今でも我々を弔ってくれと呼んでいるはずだ。
ならば家の床下のパワーバランスぐらいなら配慮などたやすいはずだった。今はそう思えてくる。
そして我が家と言えば、この崩れたバランスが元に戻るまで暫くはこんな調子で、イタチごっこになるのかも知れないと覚悟することにした。
次に出現したときは過激な対応だけはしないでおこうと誓う。
「動いているものを動かすな」 という。
つくづくそうだ。
手を出すには慎重にその効果と影響を考えないといけない。
教訓深い。
どうかこの愚かさを許して欲しいと願った。
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ここらでシロアリの話はおしまい。
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